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"エコグリーンシオカワ通信(No.13)"

(2002.12号)

"自分"というもの

巻頭言

 自分とはいったい何かということを考えたことがありますか?
 自分の体とか、自分の心という言い方をします。
 これは、本質の自分がいて、それが体や心を所持しているということでしょうか?

 では、自分とはいったいどこにいるのでしょう。
 体の中にいる?⇒ 体の中のどこに?⇒ 脳みその中?⇒ 心臓の中?
 よく考えてみると、どこにいるのか分からないのではないですか?
 よーく考えてみると、空間の中に漂っているかのようにも思えます。

 どのようにして、自分というものを認識しますか?
 目や耳などの五感を使って、自分以外のものを確認することによってではないですか。
 この世の中は、自分以外は、全て他人や他のものということになります。
 他のものの存在を確認することによって、自分が存在することを認識します。

 自分と他のもので相対していますが、自分はすごく小さく、他のものは大きいです。
 ほとんどこの世の中の領域は、他のものによって埋まっています。
 でも本当にそうなのでしょうか!!
 自分はちっぽけな、宇宙全体からみれば点にもならないような存在ですか?

 自分は、自分の体の中に入っている?
 でもその体が死んで動かない状態になったら、自分はどうなるのでしょう?
 死と共に自分の意識が消滅すると思いますか?
 体が死んで消滅しても、もし意識が残ったら、体は自分ではなくなりますよね。

 一般的には、まず自分の身を守ることが大事ですよね。
 でも体と自分は別のものという認識になったら、どうですか?
 自分が、ある特定の体を自由に動かすことができるだけではないですか?
 こう考えると、自分の体という意識が薄らいでこないですか?

 自分とはいったい何ですか?
 肉体ですか? 意識ですか? それとも…
 自分というものは、自分をとりまく他のもの全てとの関連で成り立っているのでは。
 ですから、本質的には、孤立・分離して自分が存在しているのではない!?

塩川 富士夫(しおがわ ふじお)






  いよいよ師走ですね。一年の経つのが年々速くなっているように思えてなりません。
 アメリカ合衆国とイラク、北朝鮮、イスラエルとパレスチナなど、世界情勢はまだまだ予断を許さない状態 ですが、色々な経過をたどり、色々な経験を経て、国や民族の垣根を取ることの重要性を皆が認識してい くのであろうと思うと、明るい気持ちで新年を迎えられます。
 日本経済は、株価暴落が続くなど、もうすぐ破綻を来たすかのようですが、別の経済システムに変わる ためのステップと考えれば、これも当然な流れなのかもしれません。
           




今回のテーマ:現代の神話 パート1 〜 あなたもマインドコントロールされている?

 この通信の中では、これまで私が得てきた客観的事柄を中心に取り上げてきましたが、このテ ーマでは、最近私が思っていることを幾つか取り上げてまとめたいと思います。今現在世間一般 的に常識のように思われていることが、本質的に考えた場合、おかしい?と捉えられないかとい うことで。



 パート1:栄養素という神話  〜 飽食の時代の落とし穴 〜
…なぜ人間だけが色々な栄養素を必要とするのですか?

 骨粗しょう症にならないようカルシウムを摂取しましょうとか、お肌の潤いにはコラーゲンが必要とか、とかく人間の健康には、ビタミンをはじめとする各種栄養素の摂取が必要と今の偉い学者さんたちは口を揃えて言います。でも本当にそうなのでしょうか?
 人間と同じ哺乳類のバンダは、笹の葉、コアラは、ユーカリの葉ばかり食べます。人間で考えたら偏食そのもの。よく30品目食べましょうとか言われますが、笹の葉やユーカリの葉に哺乳類が必要とする栄養素が全て抱負に含まれていると思えますか?
 これら動物と人間は違うと言うかもしれませんが、構造的にはそれ程の違いはないはずです。
 ビタミンB1の不足によって江戸わずらい、つまり脚気になると言われますが、そんな単純なものなのでしょうか?全てを物質的に考えることに私は疑問を感じます。


…元素の違いは、陽子、中性子、電子の数の違い。

 これは私の持論で科学的に証明されていませんが、必要な物質は体の中で常温原子転換して作られるのではないかという気がしてなりません。元素は、陽子、中性子、電子の数が異なるだけですから、元は同じですので、何らかの作用で別の原子・分子にいくらでも変わるのではないだろうかと思うのです。動物の体の中で起きていること全てを、現代の科学ではまだ調べられていませんから。
 牛乳にカルシウムが抱負なのは、牛がそれだけカルシウムを摂取しているからではない!?


…食べるということは、そのものの「いのち」をいただくこと。

 食べるとは、そもそもそのものの「いのち(エネルギー)」をいただくことでしょう。ですから、栄養がどうのこうのと言う前に、生命力の豊なものかということの方が重要ではないですか?そう考えると、できるだけ新鮮な生ものが良いことになります。人間が病気になり易くなったのは、食べ物を加熱するようになってからという話もあります。特定の栄養素を抽出して寄せ集めたり、形が全く変わってしまうほどに加工したりすることは、生命力の少ない単なる物質化したものを作ることになるのではないでしょうか。
 食べるものを選べなければ、そこにあるものだけで人間も生きて行く以外にないですよね。


…必ず治ると言う意識が効果を生む

 栄養素がまったく人体の各機能に関係ないと言うつもりはありませんが、あまりにもそれにとらわれ過ぎではないかと言いたいのです。たしかに、何かの栄養素を吸収することにより、何らかの効果が現れたと体験談を語る方がよくいますので、その効能を特段否定するつもりもありま せん。しかし、薬と思って飲んだら、ただの粉でも病気が治ってしまうというプラシーボ効果が多分にあるのではないかと思うのです。信じて摂るからこその効能ではないでしょうか。
 何よりも気持ちが勝る。病は気からですから。でも基本的には物質と意識の持ち方のバランスでしょう。それと、暮らしている環境も関係するでしょう。では、どんな意識の持ち方が重要か!


…食べるだけがエネルギー補給方法ではないだろう

 よく私が紹介しているネットワーク『地球村』の代表「高木義之」さんは、一日に一食で、しかも1300キロカロリー程度の摂取しかしてないそうです。
 また、中国には、「シーハン」さんという、まったく何も食べていない、正に仙人のような方がいるらしいのです。現在30歳ちょっとの女性ですが、18歳のある時から突如食べなくても生きていけるようになったらしいのです。水分だけは補給しているとのことですが。
 それから、ニューギニアに住むパプア族は、日常食はほとんどサツマイモだけ。つまり炭水化物ばかりで、タンパク質を摂っていないのに、たくましい筋肉を誇り、良好な健康状態を保っているらしいのです。
 こういった例は、食べる以外にエネルギー補給ができるということの証拠ではないでしょうか。
 では、大した栄養を補給しない彼らに共通することは何かあるのでしょうか?


…自分が大事という意識が実はマイナスに働く・・・

 私は、とにかく「自己の保身に走る」のが、先進国現代人の「癖」であると思っています。自分のためという意識のことですが、自分のことばかり気にして、どんどん自己の内側に意識を使うと、エネルギーが循環しないでマイナスの影響を及ぼす。これが実は病気や災い(本人がそう思うだけですが)の元ではないかと思います。
 しかし、自己の外側に意識を向け、誰かのためとか、世の中全体のことを考えてエネルギーを外に放出していくと空間からエネルギーが入ってきてうまく循環できプラスに働く。
 自己の保身をさほど気にしないところに、空間からエネルギーを補給できるカギがあるのではないだろうかと私は考えているのですが、どうでしょうか。


…食べることの本質は、何か!

 でも簡単に食べないでいられるようにはならないでしょうから、とりあえず食べることについて考えたいと思います。
 食べるとは、常に何かを犠牲にすることではないですか。言葉を変えると、相手の命を奪うこと。自分が生きていくために、死んでいく他のものがあるということではないですか。
 そう「生きるとは、常に何者かの犠牲を伴うこと」ですよね。このような気持ちを持ったら、食べ残すことがもったいないという気持ちになりませんか!
 食べることにより、生と死が繰り返され、循環しながらこの相対世界が成り立っています。つまり自分とは、他のもので成り立っていると言うこと。ですから、食べることによって相手を吸収していくのではないですか。


…栄養素へのこだわりは、自己中心的意識の現れ!

 自分の体の健康に気を使い、物質的な栄養素のことをあまりにも気にし過ぎることは、実は病気になり易い体を作っていくことになるのではないかと思うのです。いくら栄養素をたくさん摂っても本当の健康にはならない。
 対照的に、自分のことよりも他の人や世の中全体のことを考え、それに沿った行動をしている人は、心身ともに健康。そしてそのような人は、多くを食べなくても空間からエネルギーがどんどん入ってくる。つまり、人間は意識的な成長をしていく(より大局的な見地に立てる)に従い食べる必要性が少なくなっていくのでは…。




「エコロジー勉強会」報告 〜 「古くて新しい材料・・炭について」

…みな熱心に、聴き入っていました!

 11月24日(日)午後2時から4時頃まで、「古くて新しい材料・・炭(竹炭)について」の 勉強会を龍ヶ崎市のコミュニケーションハウスで実施しました。当日は12名の参加となり、みな熱心に 講師の松田さんの話に聴き入り、多くの質問が出ていました。
 竹炭の作り方から作る上での注意点やその用途など、大変興味が湧くものでした。
 特に竹炭が洗濯の際の洗剤代わりになるということで、これは早速試していただきたいと思います。


 ***さらに詳細の報告を、します。もうちょっとお待ち下さい。***


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